💛花粉症のこと💛
2006.1.24
私事ながら,典型的なスギ花粉症と20年近くつきあっております.
発症したのは大学卒業の前年で,猛烈な目のかゆみ,涙,だらだら流れ出る鼻水,とめどないくしゃみに,いったい自分の身体はどうなってしまったのだろうと,(医学生のくせに)ずいぶん狼狽しました.
医師国家試験がちょうどシーズンまっただ中なのが憂うつのタネでした.私は決して優秀な学生ではなかったので,合否は試験当日の運勢や体調にかかっていたのです.大学病院の耳鼻科で減感作をしていただき,(ピタッと治りはしませんでしたが)おかげさまでこうして医者として働かせていただいています.
自分に関わることとなると,勉強の度合いも目の色が違います.循環器・呼吸器を専門と決めてからも,花粉症に関する知識や治療の情報は後れを取らないように一所懸命に仕入れてきました.
現在行われているさまざまな治療について,大いなる私見も含めて書いてみます.
現在の標準的な治療
現在の標準的な治療の原則は,シーズンに入る少し前からの抗アレルギー薬(抗ヒスタミン薬)の服用と,対症的な点眼薬,点鼻薬の使用とされています.
私自身も,私のところへ受診される方達も,おおむねこの治療法で対応しています.抗ヒスタミン薬にはいくつかの世代があります.第二世代と言われるものは眠気が少なく,効果が確実なので基本的にはこの世代を使います.
多くの製薬会社から販売されている薬に大きな効果の違いはないはずですが,一人ひとりにとっての「合う,合わない」はあるようで,いくつかためしてみると「私にはこれが良い」と言われることが多いです.
点鼻薬は,血管収縮薬,抗アレルギー薬,抗ヒスタミン薬,ステロイドホルモンと種類がありますが,私は後2者を好んで使います.局所使用のステロイドホルモンは適度に使っている限りあまり副作用を心配する必要がありません.
点眼薬も抗ヒスタミン薬を使うことが多いです.症状が強い場合はステロイドホルモンの点眼を使用します.
おかげさまで,ここ数年は(大量と言われた昨年も含めて)ほとんど苦しむことのない春を過ごしています.
市販薬
医者になってまもなくの頃(研修医といいます)は病院に居ながら自分が受診をするヒマがなく,市販の薬を服用していました.眠気や鼻の乾燥,口の粘りと闘うのがとてもやっかいでした.
一般に市販の花粉症の薬に含まれる抗ヒスタミン成分は初期のものが多く,どうしても眠くなってしまいます.ちなみに,テレビでCMをしている睡眠導入薬は抗ヒスタミン薬の眠気の副作用を逆手にとったものです.
程度の軽い方が症状の強いときだけ服用する,といった使い方には良いと思います.シーズン中ずっと市販薬を定期的に飲み続ける,というのは効率が悪い様な気がします.
健康食品,自然食品,サプリメント
トマト、シソ、甜茶(てんちゃ)、ミント、フキ、バラ、柿葉、柑橘(かんきつ)類、シジュウムなどが花粉症に「効く」のだそうです.(ネットはさっと調べられて便利です)
これらに含まれる「ポリフェノール」がヒスタミンやロイコトリエンといったアレルギー誘発物質を抑え込むため,と記されています.どれが一番いいのかを知りたくなりますが,ていねいに実験結果が公表されているものもあります.
でも,ヒスタミンの遊離を最も強く抑制するのは「抗ヒスタミン薬」です.ロイコトリエンの効果を最も減弱させるのは「抗アレルギー薬」のなかの「ロイコトリエン受容体拮抗薬」です.
おまじないの類いはともかく,客観的に効果があるものほどその理由を調べていけば薬に近付いていきます.だったら私は薬をのみます.あえて効果の弱いものを好んで飲む理由はないと思うからです.
薬は副作用が心配.そんな声をよく聞きます.確かにあらゆる薬はある一定の頻度で副作用が出現します.私が大切だと思うのは,どんな副作用がどれくらいの割合で起こるのかがわかっているかどうか,ということです.わかっていれば何か変化が起こったときに迅速に対応することができます.医師の処方する薬にはこのデータがあることが逆に何よりの強みです.
一方サプリメントを考えます.トマトには確かに副作用の心配はいらないでしょう(トマトアレルギーという人もいるかもしれませんが).でも,それを濃縮したり,成分を抽出したりしたものを同じと考えることはできません.成分そのものの問題,製造過程の混入物の問題など考えるべきことはたくさんあります.サプリメントとしてでき上がった製品の安全性はどこで評価・検証されているでしょう?.その情報を簡単に手に入れることができるでしょうか.
「自然物由来だから絶対安全」は愚の骨頂です.トマトをせっせと食べたり,ミントティーを飲んだりすることに問題はなくとも,「それを原料に作られた加工物」には注意が必要です.
手術
最近はさまざまな外科的手法が行われるようになってきたそうです.専門外ですし実際に治療をしている場を見たこともないので知ったようなことは書けませんが,ご紹介だけ.
すでに行われているのは,古くからは下鼻甲介粘膜広範切除術,鼻茸除去術など,新しいところではレーザーを用いた鼻粘膜焼却,高周波での鼻粘膜変性など.vidian神経切除というのもあります.
私自身としては,(痛いのと血を見るのがいやで内科医になったこともあり)「外科的」と聞くだけで背中に寒気が走ります.少なくとも私のいまの症状であれば必要なさそうだと思っています.
しっかり服薬してるのにえぐい花粉症がコントロールできない,という方には紹介するかもしれません.
脱感作(減感作)
アレルギーの原因となる物質をわざと与えて身体に慣れさせてしまおう,という治療法です.一般的には原因物質をごく薄めた状態から徐々に濃いものにして皮下注射していきます.
学生のとき卒業直前の3ヶ月くらい大学の耳鼻科でしていただきました.面倒なのは,とにかくマメに通院しなくてはならないところです.私が国家試験に無事合格したところを見ると効果はあったのだと思います(もちろん一般的にも効果は証明されています).ただ,翌年の春にはまた思いっきり症状が出ました.継続は力なり,とも言えそうです.
最近は,注射ではなく粘膜からの感作(投与)が試みられていると聞いています.また,スギの減感作米なんてものも開発されているのだとか.ご飯を食べるだけで治療(予防)になる?
面倒な(週一回とか二回の)通院がないのだったら考えてもいいかなぁ,と思います.
ただ,20年もの病歴の中で「俺は自然に脱感作されてきたのではないか」とも思える節があります.ここ数年,世間が騒ぐほど症状がでません.前もって薬をのみ出しているおかげなのか,身体が強いアレルギー反応を起こす元気もなくなってしまったのか(老化??).なんだかよくわからないですが,楽なのはありがたいことです.
注射
最近気になるのが,「注射一本でぴたりと治す名医(あるいはアレルギーの専門家)」の噂です.名医の噂が噂を呼び,ずいぶん遠方から大勢の方が受診されているやに聞きます.
いまの日本には,ひとりの医師だけが知っている秘薬というものはあり得ません.
アレルギー性鼻炎(花粉症)に適応のある(保険で使うことが認められている)注射薬には,抗ヒスタミン薬,ヒスタミン加ヒト免疫グロブリン,ステロイドホルモンがあります.このうち,抗ヒスタミン薬は内服薬の新世代が広く販売されており,持続効果があまり期待できないことからもあえて注射をする意味は少ないと思われます.またヒスタミン加ヒト免疫グロブリンは献血由来の血液製剤であり,さまざまな血液を介したウイルス感染が問題となっている現在,使うべき薬ではありません.
残るはステロイドホルモンです.ネットには「花粉症の治療にステロイドホルモンを使うことをお勧めします」と記されたクリニックのホームページもあり,一方でその使用法に反論するサイトもいくつか見つけることができます.(「花粉症」「ステロイド」で検索をすればたくさん見つかります)
注射をされる先生は長時間作用型のステロイドホルモンを特効薬として使われていることが多いのだそうです.保険診療の中でしておられる先生,保険のきかない自由診療として行っておられる先生のどちらもあるのだとか.
そんなによく効くのなら私もしてみる?・・・お断りです.
ステロイドホルモンは現在のさまざまな難病の治療には欠かせない薬ですが,副作用に対する十二分な配慮が必要なことは医師なら誰でもが当然のこととして知っていることです.
副作用の主なものを挙げると,
・感染症(全身・局所)の誘発,悪化
・骨粗鬆症,骨折,
・動脈硬化病変(心筋梗塞,脳梗塞,動脈瘤,血栓症)
・消化管障害(食道・胃・腸からの出血,潰瘍,穿孔)
・糖尿病の誘発,悪化
・精神障害(精神偏重,うつ状態,けいれん)
・副腎不全
・白内障,緑内障,視力障害,失明
・高血圧,浮腫,うっ血性心不全,不整脈
・高脂血症,低カリウム血症
などなどなど,まだ書ききれません.
「たった一回の注射でそんな大袈裟な」と言われるかもしれません.しかし,一回の注射で一ヶ月以上効果があるということは,その薬はそれだけ長期間作用する薬であり,その間ずっと身体の中で効き目を現しているということです.短時間作用の薬を毎日注射(内服)しているのと同じ意味に受け取ってもよいのではないでしょうか.
さらに長時間作用型の薬を使うということは,万が一副作用がでたときに「薬が切れるのを待つ」という何よりも単純かつ有効な対策を行うことがとても困難です.
これだけの危険性を承知で注射して欲しい方が果たしてどれだけおられるでしょう.一方,注射を受けておられる皆様はこれだけの可能性をきちんとお聞きになっておられるのでしょうか.
最も過激な言い方をすれば,通常の花粉症にステロイド注射を行う先生は「禁断の果実に手を出した」と言えるのかもしれません.「効果は抜群,患者さんは大喜び,でも・・・」.
もちろん重症ともなると話は別です.高度のアレルギーで呼吸困難となる場合もあるかもしれません(花粉症には少ないでしょうが).ステロイドが必要となることもありえます.それでも私は長時間作用型ステロイドの筋肉注射はしてもらいません.そうなったときには喘息の発作時と同じように比較的短時間作用型で効果の強いステロイドを点滴してもらいます.
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